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事故報告ー対処した職員の・・・ 私は母と共に今日まで生きてきました [事故報告書]

 

母が転倒した特養を非難、誹謗するため書いているのではありません。起きた事をしっかっり検証し、明日に役立てたいと思っています。老健のスッタフさんも読んでくれています。

「ブログ読んでください。」と何度も特養の方には言ったのですが。私のメッセージの意味もあったのです。感情的になり、文章が汚くならないよう注意はしていますが、そうでない時は御勘弁を。人間ですので。[雪]

【概要(原因・経過等)】 

ユニット内の共同トイレに職員二人の介助で座っていただき、「終わりましたら、コールを押してくださいね」と声を掛けて職員はトイレから出て、他の利用者の対応をしていた。2~3分程たった時にコールが鳴り、職員が駆けつけると便座前に左壁に寄りかかるように座っている000様を職員が発見した。その後、床から取り急ぎ便座に介助で座っていただき、その後車椅子に移譲していただく、その際に職員が痛みの確認をしたが、本人より「大丈夫」との返事を頂く、連絡を受けて着た看護職員がバイタル測定と痛みの確認を行う、膝が痛いとの訴えの為に重点的に確認するも腫れや痣などは発見できずに様子観察との事で、職員が自宅まで送った。

 帰宅後、ご家族が見て救急車にて**医療センター病院に受診し右大腿部の骨折と診断される。

*誤字、句読点などはそのままです。痣、読めますか? あざと読みます。読めませんでした。


国立国会図書館に永久保存してほしいほど、価値あるこの報告書のなかに、それもして無いだろう

という箇所を見つけた。

転倒した母の体の位置と、ブザー(コール)の高さ、タイミングが鍵です。

「ご自分で排泄後の処理をしようとして、ご自分で立ち上がられようとしたか、もしくは、ナースコールを押そうとしてずり落ちたかのいずれかで、」

これは昨日の記事で、事業主の報告です。読めば読むほどわからない。整理します。

ナースコール?は、どの時点で押されたか? 押されなかったのか?

1)用をたした後押された。

2)用をたし、拭き終わった後押された。

3)転倒した後、押された。

4)押されていない。

1)の場合・・・これはいつも自宅でしていたことです。「し終わったらベルを鳴らすんだよ。」と何度も母に言いました。ベルが鳴ると、トイレに行き、中腰で御股を拭く母のお腹と腰を支えてやりました。そうしないと、右前方に傾いてしまうのでした。終わると「ありがと、ありがと。」と母が言ってくれました。

m_DSCF0900[1].jpg

左の手すりに赤い紐があり、その先にベルがついています。

2)用をたし、拭こうとた。このとき転倒したのでしょう。事業主もそう書いています。

3)転倒した母の体の位置と、ブザー(コール)の高さがわからないですが、床に倒れた母が、あの足で起き上がれたでしょうか?

4)私はこれが正解と思っています。母は押していない。

コールを押してくださいね」と職員が言った時、職員がブザーを示し、母がそれを理解した事を確認したかがわかりませんが。

(コール)などという言い方を我が家では、1度もしたことありません。職員の問いに、母は「はい。」と言ったかも知れません。しかし、母は軽度認知症と診断されていたのです。

対処した職員の手書きの、文を見つけました。「家族への連絡表」の中に。

「おやつ後にトイレに座って終ろ時ブザーを押してもらいトイレに行くと便座前に尻もちをついていました。」

ほんと、この施設の人は、まともに文を書ける人、居ないの~??? 来年は雇った方がいいよ。と提案しようかしら。なにせ国に上げる報告書を、書かなければならないのですから。ホントはとっくに、出さなければいけないのに。

便座前に尻もちをついていました。 便座前に左壁に寄りかかるように座っている。

尻もちをついていた。左壁に寄りかかるように座っていた。

右前方に倒れ、右大腿が折れ、尻餅をついた状態で発見されたのでしょう。

その位置からブザーを押せたのでしょうか?

左壁に寄りかかるように  これはおかしいです。

これだけでも、この報告書が、いい加減で信用できないことがわかる。

発見者=町へ報告書を書いた人=私への報告書を書いたであろう副施設長=最高のプレゼントの報告をしていただいた、施設長。

=になるよう、普通口裏合わせをするものだが、みんな違う?

Un~n  もう、付き合いきれない。推理するのもアホらしいので、来年国へ提出する、私の報告書を書くことにした。

被害にあった人が、直接国に報告できる、法律があるのです。

行き着く先は、内閣総理大臣鳩山総理です。

来年は面白くなりそうだ。

 

 

 


母の事故報告書ー2 “あなたの心に” [事故報告書]

 

※ 母が転倒した特養を非難、誹謗するため書いているのではありません。起きた事をしっかっり検証し、明日に役立てたいと思っています。老健のスッタフさんも読んでくれています。

「ブログ読んでください。」と何度も特養の方には言ったのですが。私のメッセージの意味もあったのです。感情的になり、文章が汚くならないよう注意はしていますが、そうでない時は御勘弁を。人間ですので。[雪]

 

【概要(原因・経過等)】 

ユニット内の共同トイレに職員二人の介助で座っていただき、「終わりましたら、コールを押してくださいね」と声を掛けて職員はトイレから出て、他の利用者の対応をしていた。2~3分程たった時にコールが鳴り、職員が駆けつけると便座前に左壁に寄りかかるように座っている000様を職員が発見した。その後、床から取り急ぎ便座に介助で座っていただき、その後車椅子に移譲していただく、その際に職員が痛みの確認をしたが、本人より「大丈夫」との返事を頂く、連絡を受けて着た看護職員がバイタル測定と痛みの確認を行う、膝が痛いとの訴えの為に重点的に確認するも腫れや痣などは発見できずに様子観察との事で、職員が自宅まで送った。

 帰宅後、ご家族が見て救急車にて**医療センター病院に受診し右大腿部の骨折と診断される。

*誤字、句読点などはそのままです。痣、読めますか? あざと読みます。読めませんでした。

私への報告書には①~④が加えてありました。

誘導した後、他の利用者からの緊急コールがあり、それに対応すべく、職員は

急いで

急ぎ、介助を行ない

すぐさま    ( 急いで事故に対応したと強調したかったのでしょうか?)

車椅子に移譲→車椅子に乗り移って に書き換えてあります。

10月5日に提出した報告書と、日付が10月8日で、10月22日に私が手にした報告書は、別の人が書いているようです。加筆して私によこしたのでしょう。

この文章の中に、ありえない事が書いてあります。

修正後・手術前.JPGヒント画像です。転倒し母の骨は離れ離れになりました。お陰で、離れ離れに暮らすことになってしまいました。

よろしかったら、コメントに回答を送ってください。最初に正解した方に、手作りの不苦労ストラップをさしあげます。(住所を明かせない方には、何か方法を考えます。)

DSCF1572.JPG 

   ぼくの好きな先生  Imagine      

僕の好きなうた 仲間がいる!

「この度は、男性介護者と支援者の全国ネットワークに入会のお申込みをいただだきありがとうございます。」こんなメールが届きました。

ここに入会します。母の介護は終わりました。今後は私の経験を、活かしていきたいです。

感謝

 


母の事故報告書-1 [事故報告書]

※ 母が転倒した特養を非難、誹謗するため書いているのではありません。起きた事をしっかっり検証し、明日に役立てたいと思っています。老健のスッタフさんも読んでくれています。

「ブログ読んでください。」と何度も特養の方には言ったのですが。私のメッセージの意味もあったのです。感情的になり、文章が汚くならないよう注意はしていますが、そうでない時は御勘弁を。人間ですので。[雪]

 

介護保険のもと、母のトイレ内での転倒事故について、特養が町に提出した事故報告書のなかの【事業者としての再発防止への取り組み】には、2行しか書いてありません。

「久しぶりのご利用でご家族より、本人の最近の状態についての説明を受けていたが、トイレ時などに職員が付きっ切りは難しいために、こまめな巡回と声掛けを行う。」

これで全部です。 

たった 13文字の再発防止案とは。 俳句の方が、まだ文字数がある。

下線の部分がすべてを語っています。「トイレの時、利用者のそばに付いて居られない。母が勝手に立って、転んだ。」と理解できますが?

これが施設の事故に対する考えです。施設に非は無いと考えているのですから、 再発防止案なんて、書く理由はないのです。

次の項目の【損害賠償等の状況】の欄にはこうあります。

特になし。

被害者の立場の、私の報告書には、老人を世話する施設が、どれだけの事が出来たかが、しなければならなかったが、書いてあります。

明日以降できる範囲で公開します。

24日の夜勤のスタッフさん(可愛いんだな!)に、「絶対ありえない事が【事故の概要】に書いてあるから、見つけて。」と言って報告書を渡した。

今朝の彼女の一言「誤字が多いですね。でも、あの大怪我で、こんな報告書でいいんですか?」

夜勤で疲れていたのだろう。ありえない事には気付きませんでした。スタッフさん、いつも母を見守ってくれて、ありがとう。 安心して大切な母を、お任せしています。


記事を書くのがやっとで、追加の施設のクリスマスムード一杯の画像をUPできません。

消すのがもったいないので、下の記事は保存します。長いので、時間があったら見てください。


 母は5人の子を産んだ。二人の男の子は小さいとき、この世を去った。二人の兄に会うことはなかった。

母が36歳だったこの日、女性として最後の産みの苦しみを体験した日です。出産とは痛み苦しみだけではなく、命、母の生命をかけて、子を産むことなのです。男にはわかりがたいですが。体験できないので。

Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.

アメージング グレース
何と美しい響きであろうか
私のような者までも救ってくださる
道を踏み外しさまよっていた私を
神は救い上げてくださり
今まで見えなかった神の恵みを
今は見出すことができる

'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved,
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.

神の恵みこそが 私の恐れる心を諭し
その恐れから私の心を解き放つ
信じる事を始めたその時の
神の恵みのなんと尊いことか

Through many dangers, toils and snares
I have already come.
'Tis grace hath brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

これまで数多くの危機や苦しみ誘惑があったが
私を救い導きたもうたのは
他でもない神の恵みであった

e Lord has promised good to me,
His Word my hope secures;
He will my shield and portion be
As long as life endures.

主は私に約束された
主の御言葉は私の望みとなり
主は私の盾となり 私の一部となった
命の続く限り

Yes,when this heart and flesh shall fail,
And mortal life shall cease,
I shall possess within the vail,
A life of joy and peace.

そうだ この心と体が朽ち果て
そして限りある命が止むとき
私はベールに包まれ
喜びと安らぎの命を手に入れるのだ

The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
But God, Who called me here below,
Will be forever mine.

やがて大地が雪のように解け
太陽が輝くのをやめても
私を召された主は
永遠に私のものだ

When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.

何万年経とうとも
太陽のように光り輝き
最初に歌い始めたとき以上に
神の恵みを歌い讃え続けることだろう

 

私と母にとっては、特別なこの日。この曲と決めていた、「人は変わることができる。」

この詩を書いたのは、奴隷商人 ジョンニュートン。

詳しくはこちら 

1984年の今頃、ネパールのポカラというところにいました。1980年「なぜ私は、生まれてきたのか?私の人生の意味はなんだろう!」

そんな思いを、胸の中に 、放浪の旅に出ました。約30の国を旅して、帰国の途中二度目のネパール入国をし。このときを迎えました。

ああこれを知るために、旅に出たんだ。私の人生の意味を心の奥底から感じた日でした。

人生は学び! すべてはひとつ!  すべてに感謝! 

そのようなことです。この世に生を受け、両親に育てもらい今、こうして生きていることが奇跡なんだ。

生まれて、生きていることが 奇跡なんです。あたりまえではないと、感じ、両親への深い感謝の思いが、胸の中に、湧き上がってきました。

心の中が光り輝いた時でした。

天国にいる、じっちゃん。老健で暮す、ば~ちゃん。

私は、あなたたちの子に生まれ、幸せです。

その母が住む、老健けやきの舎は、あちら こちらクリスマス一色です。

DSCF1483.JPG DSCF1480.JPG DSCF1479.JPG

窓も壁もクリスマス。ここは母の住む認知症ユニット。

22日ある人が、母を見舞いに来ました。Who is she?

 母が転倒した施設の、施設長です。母がここに入所したのは、11月11日です。初めての来訪です。

DSCF1471.JPG 窓.JPG

21日町の福祉課課長が施設長に会い、?の会談がありました。

その日、副施設長から「施設長と共に我が家に来て、話したいことがある。」と電話がありました。

DSCF1466.JPG入口には綺麗な花も。

DSCF1477.JPG見上げています母は何思う。

“話すことは何もありません。言いたい事があったら、すべては文書で下さい。言葉は残りませんから。どうでもいいですが、一度は老健に居る母を見舞うのが、世間一般の常識と思いますが。それに、ここにくれば、勉強になりますよ。”と言って、電話を切った。付き合っていられないこの方達とは。時間がもったいない。

 

DSCF1470.JPG

今日の主役は この方です。 私を産んで、育ててくれてありがとう。

ば~ちゃん また来年も、ここでポーズとれるよう、一緒に頑張ろうね。

                      ありがとう

                    感謝しています 母

 やっぱりこの時期は、この曲だ。

なんか、JR東海の宣伝になってしまったみたい。まッ いいか こんだけ美人のドラマが見れて。

同じ曲で、同じ会社の、違う映像の曲はギネスものです。

感謝。メリークリスマス 仏教徒の皆様。

母の口癖「な ナ 何でもいい。」

Let   it    be

あるがまんまが人生だ

メリークリスマス

 


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